て、慾をいえばこの際のことだから、武芸の片端《かたはし》を心得て、用心棒を兼ねてくれるような男でもあれば申し分ないが、そうは問屋で卸さない。さすがの道庵先生も、この人選にはことごとく頭を痛めているところへ、
「先生、お客様でございます」
「誰だ」
「玄関へ米友さんとおっしゃる方がおいでになりました」
「ナニ、米友が来た! 鎌倉の右大将米友公の御入り! 占《し》めた」
 この際、天来の福音に打たれたように、道庵先生が躍り上りました。

         二十一

 甲州上野原の報福寺、これを月見寺ととなえるのは、月を見るの趣が変っているからです。
 上野原の土地そのものは、盆地ともいえないし、高原ともいいにくい山間《やまあい》の迫ったところに、おのずから小規模のハイランドを形づくっているだけに、そこではまた何ともいえない荒涼たる月の光を見ることがあるのであります。
 今宵、寺の縁側へ出て見ると、周囲をめぐる山巒《さんらん》、前面を圧する道志脈の右へ寄ったところに、富士が半身を現わしている。月はそれより左、青根の山の上へ高く鏡をかけているのであります。
 火燈口《かとうぐち》の下に座を構え
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