かって、命を落したものが二千人からあるを持ち出して、始末におえ[#「おえ」に傍点]ないから、まあほうっておいて、気ままにさせるよりほかはないのです。
「道六や」
 そこで代診の道六というのを膝近く呼び寄せて、留守中|万端《ばんたん》の心得をいって聞かせ、今や、その旅行の日程に苦心中であるが、東海道筋は先年、伊勢参りの時に往復しているから、今度はひとつ趣を変えて、甲州街道を取ろうか、或いは木曾街道を選ぼうかと、道中記と首ッ引きの結果、距離と日数に多少の費《つい》えはあるが、変化の面白味からいって、木曾街道を取り、途中から名古屋へ廻るということに決定しました。
 それがきまると、次の問題は道連れの一件であります。これにはさすがの先生も、ハタと当惑しました。
 一人旅はいけない。そうかといって、野幇間《のだいこ》の仙公には懲《こ》りている。薬籠持《やくろうもち》の国公は律義《りちぎ》なだけで気が利《き》かず、子分のデモ倉あたりは、気が早くって腰が弱いからいけない。知己友人に当りをつけてみたところで、オイソレと同行に加わるような閑人《ひまじん》は見つからない。旅の話相手にもなり、相当に気も利い
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