げ込んでしまうと、やや離れてお手玉をとって遊んでいた女の子供たちまでが飛んで来て、
「先生を叩いてやりましょうよ」
「お土産《みやげ》三つに凧《たこ》三つ」
そこで、道庵先生をまたペチャ、ペチャと叩きました。
子供に叩かれて、ほうほうの体《てい》で家の中へ逃げ込んだ道庵先生は、座敷へ入ると、ケロリとして道中記をながめています。
道庵先生にとっては、今がその小康時代ともいうべきものでしょう。ナゼならば、先生の唯一の好敵手たる隣りの鰡八御殿《ぼらはちごてん》の主人公が、洋行から戻って来た暁には、またぞろ百五十万両もかけて、大盤振舞《おおばんぶるまい》をするにきまっていますから、それを見せつけられた日には、先生もまた相当の手段方法を講じなければならないはずですから。
ところがその鰡八大尽は洋行の留守中であり、江戸の武家は長州征伐というわけで、風雲の気はおのずから西に走《は》せてしまったようなあんばい[#「あんばい」に傍点]だから、先生もいささか張合抜けの体《てい》です。
そこで先生は、この余った力と機会とを利用して、五十日間の予定で、名古屋から京大阪を遊覧して来ようとの案を立てまし
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