「だってお前たち、胃袋をこしらえて高級な芸術だったって仕方がないよ、それ胃袋じゃないか、胃袋の形をしているじゃないか」
といいながら、酔っぱらっている道庵先生は、子供たちが一生懸命でこしらえた砂の塔を、ひょい[#「ひょい」に傍点]と突っつくと、たちまちその塔がひっくり返ってしまったから、子供がムキになって怒り出しました。これは道庵先生、少々おとなげ[#「おとなげ」に傍点]ないことで、子供たちの怒り出したのにも無理のないところがあります。
「あ、先生が高級な芸術をひっくり返してしまった、悪い奴!」
「みんなして、先生を叩いてやろうよ」
 子供たちが総立ちになって、道庵先生をとりまいて、
「ペチャ、ペチャ、ペチャ、ペチャ」
 盛んに叩き立てましたから、道庵先生は羽織を頭からかぶって、
「こいつはかなわねえ」
 人を殺すことにかけては、当時、道庵の右に出でるものはあるめえ、新撰組の近藤勇といえどもおれには敵《かな》わねえ、道庵の匙《さじ》にかかって命を落したものが二千人からあると、日頃勇気|凜々《りんりん》たる道庵先生も、この子供たちに逢っては一たまりもなく、ほうほうの体《てい》で門内へ逃
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