しきりに砂を集めて塔をこしらえているところへ、ヒョッコリと首を出したのが主人の道庵先生です。先生は子供たちの挙動をしきりにながめていたが、(無論、先生は酔っぱらっているのです)やがて突然、口を出して、
「みんな、そこで何をこしらえているんだい」
「何でもいいから黙って見ておいでよ」
「教えたっていいじゃないか」
 涎《よだれ》を垂らさんばかりにして、子供の砂いじりをながめていた道庵を、子供たちは相手にしないから、道庵がまた首を突込んで、
「何をこしらえてるんだよう」
「だまって見ておいでってば」
「わかってらあ、胃袋をこしらえるんだろう」
「ははあだ、胃袋だってやがら。先生はお医者だもんだから、胃袋だなんていってやがら。胃袋なんかこしらえるんじゃねえやい、高級な芸術をこしらえてるんだい」
「高級な芸術?」
「そうだよ」
「それが高級な芸術てのかい」
 道庵先生が、やかましくいうもんだから、子供がうるさがって、
「先生、あっちへ行っておいでよ」
「それでも、おれが見ると胃袋にしきゃ見えねえ」
「先生には、芸術がわからねえんだよ」
「ああ、芸術がわからないんだから、あっちへ行っておいでよ」
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