。これはさる人から頼まれて、慾と二人づれなんだが――」
「まあ、ともかくもお上り」
といった時、表でガラリと戸のあく音がします。ハッと離れた二人。がんりき[#「がんりき」に傍点]は早くも庭の木立の蔭へかくれると、
お絹は廊下を二足三足、
「福村が帰って来たようです」
「ちぇッ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は木蔭でいまいましがる。
「奥様、奥様」
「おとうかい」
暗いところを摺足《すりあし》して歩いて来るのは、女中のおとうに違いありません。
「はい」
「お前、どこへ行っていたの」
「ちょっと、表までお使に行って参りました」
「だまって行っては困るじゃないか」
「どうも済みませんでした。あの、奥様……さっき、わたしが出かける時に、お家の裏の方にうろうろしている人影がありましたから、気味が悪うございました」
「だから、なおさらのことじゃないか……勝手元の締りをよくしてお置き」
「はい」
「それから、玄関の戸も、しっかり[#「しっかり」に傍点]錠をおろしておしまい」
「それでも、まだ旦那様がお帰りになりませんのに」
「多分お泊りだろう」
「左様でございますか」
「そうしてお
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