は絵の本を置いて、この時はじめて、福村が買って来てくれた錦絵を一枚ずつ念入りにながめていましたが、それも見てしまうと、暫くぼんやりと物を考えているようでしたが、何か急にイヤ[#「イヤ」に傍点]な気がさして来た様子で、
「おとうや――」
女中を呼んだけれども返事がありません。
「いないのかえ」
だだっ広い屋敷のうちが、ひときわひっそり[#「ひっそり」に傍点]して、滅入《めい》りそうな心持です。
「どこへ行ったんだろう」
お絹は、だらしなく立って廊下へ出て行きました。こんな時には早く寝てしまった方がと……厠《かわや》から出て手水鉢《ちょうずばち》の雨戸を一尺ばかりあけて見ると、外は闇の夜です。
お絹が手水をつかっていると、植込の南天がガサリとして、
「御新造《ごしんぞ》」
「おや!」
お絹がびっくり[#「びっくり」に傍点]しました。
「誰?」
あわや戸を立てきって、人を呼ぼうという時、
「わたくしでございます、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵でございます」
「百蔵さん――なんだって今時分、こんなところから」
お絹が呆《あき》れて、立ち尽していると、
「ようやく尋ね当てて
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