]として、絵本に見入っている。そこで福村は、
「お気を直して下さいよ」
 それでもお絹は、つん[#「つん」に傍点]として口を利こうとはしません。
 その時、急に次の間から、はした[#「はした」に傍点]女《め》の声で、
「あの――出羽様のお屋敷からお使の衆がお見えになりまして、今晩集まりがございまして、皆さんが大抵お揃いになりましたから、どうぞ御主人様にも、早速おいで下さるようにとのことでございます」
「あ、そうだ、忘れていた、今日は例の集まりの日であった」
 福村は、急にそわそわとして、何かと用意をし、
「それじゃ行って参りますから、後のところをよろしく。なに、ちょっと面《かお》を出してすぐに戻って参りますよ、どうか御機嫌を直してお待ち下さるように」
 刀をたばさんで出かけようとするから、お絹もだまってはおれず、
「行っておいでなさい」
 無愛想に言った。その言葉に福村は、甘ったるい思いをしながら、ほくほく[#「ほくほく」に傍点]と出かけて行きました。集まりというのは、何かの賭事《かけごと》を意味しているこの一連の、どうらく[#「どうらく」に傍点]者の集まりに相違ない。
 残されたお絹
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