鶴屋で、それ御所望の六歌仙、次に京橋へ廻ってわざわざ求めて来た仙女香」
「まあ嬉しい」
「まだあるよ……黒油の美玄香」
「それがいけない、いつも落ちが悪いから」
「あんまりいまいましいから、ついこんなものを求めて来る気になったのさ」
「何が、そんなにいまいましいの」
「いつになったら浮気がやむのか、気が揉めてたまらないから、せめてこんなものでも見せつけたら、少しは身にこたえるかと思って買って来た」
「かわいそうに」
「ちぇッ、いやになっちまうなあ」
福村は、じれったい様子をして見せる。
こうして見ると二人は、まるっきり夫婦気取りです。先代の神尾主膳に可愛がられて妾《めかけ》となり、今の神尾主膳の御機嫌をとり、そのほかに肌合いの面白そうな男と見れば、相手を嫌わない素振《そぶり》を見せる女だから、時の拍子で、もうこの男とも出来合ってしまったのか知ら。そうでなければ、何かに利用するつもりで、いいかげんに綾なしているのかも知れない。
「どうも有難う、これだけはこっちへいただいておきます、これはそっちへ」
といってお絹は、錦絵と仙女香とを受取って、美玄香だけを、わざと福村の方へ押しつけると、
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