さんには、別に好きな男があったっていうじゃないか」
「いろいろの噂があるにはあったがね。何しろ街道一といわれたくらいだから、人がいろいろのことをいいまさあ」
「なかなか固いという者もあれば、思いのほか浮気者だといってる者もあったね」
「いよいよ江戸へ行ってしまうという時に、高尾の若い坊さんが一人、縊《くび》れて死んでしまいました。それについて、またいろんな評判がありますが、つまり、その坊さんは、恋のかなわない恨みだということになっています」
「そんなことがあったか知ら」
「お前たちがまだ、鼻汁《はな》をたらしていた時分のことだ」
「してみると、お若さんは罪つくりだ」
「罪つくりにもなんにも、一体が女というものは、たいてい罪つくりに出来てるものですが、そのうちにも美《い》い女ほど、よけい罪つくりになるわけですねえ、旦那様」
といって老練なのが、竜之助のところへ言葉尻を持って来たのを、
「そうだ、そうだ」
と聞き流していると、前棒《さきぼう》の若いのが、
「罪つくりは女だけに限ったものでもあるめえ、男の方が、女に罪を作らせることも随分ありますねえ、旦那様」
両方から、罪のやり場を持ち込ま
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