まうと、ホッと息をついたお角は、急に何かの重し[#「重し」に傍点]から取られたような気持になってみると、今の不憫さが、腹立たしいような、嫉《ねた》ましいような気持に変ってゆきます。巣鴨の化物屋敷の土蔵の二階で、あの人と机竜之助とが、うんき[#「うんき」に傍点]の中で、夜も昼も水綿《みずわた》のように暮らしていた時のことを思うと、お角は憎らしい心持になって、よくも図々しく、人にあんなことが頼まれたものだと、やけ[#「やけ」に傍点]気味で煙管を取り上げると、その時、表の格子戸がガラリとあいて、
「こんにちは、御免下さいまし」
「おや、誰だい」
「按摩《あんま》でございます」
「按摩さんかえ、さあお上り」
「どうもお待遠さまでございました、毎度|御贔屓《ごひいき》に有難うございます」
 按摩は、こくめい[#「こくめい」に傍点]に下駄へ杖を通して上へあがって来ると、お角はクルリと向きをかえて、肩腰を揉《も》ませにかかる。
「なんだか雨もよいでございますね」
「降るといいんだがね」
「左様でございますよ」
 按摩は臂《ひじ》でお角の肩をグリグリさせながら、お天気のお世辞をいっているとお角は、その
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