上方から女浄瑠璃の大一座でも招《よ》んで来ようか知ら。それも大がかりだし、第一それじゃ今の一座が納まるまいし……」
 とつおいつの末が、朱羅宇《しゅらう》の煙管へ、やけ[#「やけ」に傍点]に煙草を詰め込むのが落ちで、むやみに焦《じれ》ったがっているところへ、二階で物音がしましたから、吸いかけた煙管をはなして天井を見上げている。
「お起きなすったのか知ら」
 ここは、両国橋の雑沓《ざっとう》が聞えない程度の距離のしもたや[#「しもたや」に傍点]で、大抵のお客は断わって、次興行の秘策をめぐらすお角の唯一の控所であるのに、二階でまだ寝込んでいた人があるとすれば、それは誰だろう。お角も相当に腹のある女だから、まさかがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵のような男を、ここへ引張り込んで寝泊りをさせるようなこともあるまいに。
 お角が、天井を見上げている間に、二階で物音をさせていたのが静かに歩いて来て、やがて梯子段の上がミシリミシリと音を立てはじめる。そこでお角はやや居ずまいを直して、
「お嬢様、お危のうございますよ」
 煙管を片手に梯子段を見上げていると、だまって下りて来る人があります。ほどなく
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