お角の前へ姿を現わしたのは、ねまきに羽織を引っかけた女の姿に違いはないけれど、どうしたものか、頭からすっぽりとお高祖頭巾《こそずきん》をかぶったままです。
「おかみさん」
「お嬢様、もうおよろしうございますか」
「ええ、もう癒《なお》ってしまいました」
お角が、ていねい[#「ていねい」に傍点]であるのに、女はなかなか鷹揚《おうよう》です。それに、いくらなんでも、人の前に出て頭巾をかぶったなりに挨拶をするのは、みようによっては甚だしい横柄《おうへい》なもので、それをお角ほどの女が、一目置いて応対しているのは、よほどの奇観といわなければならないことです。
「まあ、お話し下さいまし、わたしも退屈して困っていますから、どうぞ」
といって、お角は、さながら主筋にでも仕えるように、至ってていねい[#「ていねい」に傍点]に座蒲団をすすめると、女は、その上へ坐っても、いっこう頭巾を取ろうとしないし、お角も一向、それを気にしていないのがおかしいほどです。
それからお角が、お茶をすすめたり、羊羹《ようかん》をすすめたりしていると、
「おかみさん」
「はい」
「わたしは、もうすっかり癒《なお》りましたか
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