れではあんまり人が悪過ぎますぜと、そうおっしゃって下さいといったまま、逃げるように行ってしまった恰好《かっこう》が、笑止千万《しょうしせんばん》であった」
「ふふむ」
 南条力も何を思い出したか、吹き出しそうな気色です。
「しかし、山崎譲にであわなかったのを何よりとする。時に、宇津木兵馬はいるか知らん」
 五十嵐がたずねると南条が、
「あれも、血眼になって、たった今、どこかへ出て行った」
「例のだな――困りものだ」
「天下を挙げて血眼になっているのだ、達人の目から見た日には、権勢に飢えて血眼になっている奴等と、たいして択《えら》ぶところはあるまいじゃないか、我々もまた御多分には洩れまいじゃないか。しかし諸君、時勢の展開のために、おたがいは、もう少し血眼にならなければ嘘だ、少なくとも色に心中するほどの真剣さを以て、国家の大事に当らねばこの民が亡びる……」
 南条力は、慷慨《こうがい》の意気を色に現わしました。

         十七

 両国の女軽業の親方お角は、
「ああもしようか、こうもしようか」
と次興行の膳立てに、苦心惨憺の体《てい》です。
 というのは、肝腎の呼び物、清澄の茂太
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