しの前で数をおあらため下さいまし」
「それには及びません」
「兵馬様」
お松は、あらたまって兵馬の名を呼びました。兵馬は答えないで、火鉢の前にじっと俯《うつむ》いている様子。
「夜分、こんなに遅く、これだけのお金をただ預かれとおっしゃられたのでは、わたくしには預かりきれないのでございます、そう申し上げてはお気にさわるかも知れませんが、このごろは何かの入目《いりめ》で、わたくしたちの目にさえお困りの様子がありありわかりますのに、今晩に限って、これだけのお金を持っておいでになったのが、わたくしにはかえって心配の種でございます」
「いや、この金は決して心配すべき性質の金ではありません、ちと入用《いりよう》があって、人から融通してもらったところ、急にそれが不用になったから、あなたに預かっておいてもらいたいのです、金高は三百両ほどあると思います」
「どなたが、その三百両のお金を、あなたに御融通になりましたのですか」
自分の貯えも、お君の貯えも、一緒にして融通してしまったほどの兵馬の身に、忽《たちま》ち三百両の金を融通してくれるほどの人がどこにあるだろう。それを考えると、お松は兵馬の心持が、怖
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