ろしいもののように思われてなりません。
「誰でもいいではないか、わしを信用して融通してくれた人の金、それを、あなたに預かってもらうのに、誰へも憚《はばか》ることはありますまい。拙者は、その金をあなたに預けるばかりではない、あなたのいいように処分して使ってもらいたい、お君さんへの借りもその中から返して下さい……遠慮はいりません。それでもなお納得《なっとく》がゆかないならば、わしにその金を融通してくれた人の名をいいましょう。それは、そなたのおじ[#「おじ」に傍点]さんの七兵衛の手から出たものじゃ、わしはこれからあの人を訪ねて、相談をして来ようと思うことがあります」
 宇津木兵馬は金包をお松に託しておいて、もうかなり夜も遅いのに、またも外出してしまいました。多分、じっとしてはいられないことがあるのでしょう。あるはずです。
 お松やお君の金さえも融通してもらい、自分の差料《さしりょう》をさえ売ろうとした身が、忽ち三百両の金を不用として投げ出して行ってしまったのは、それと共に、絶望に帰するものがあればこそです。
 東雲《しののめ》が病気で親許《おやもと》へ戻っているというのは嘘だ、身請《みう》け
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