先に立つもどかしさ[#「もどかしさ」に傍点]が一時にとれてしまったので、その包を受取ると、もう足が小躍《こおど》りして、じっとしていられない思いです。
「御自由にお使い下さいまし。しかし、申し上げておきませんければならないことは、もし、そのお金の出所《でどころ》を人から問われるようなことがありましても、七兵衛の手から出たということは、決しておっしゃらないように……それと、もう一つは、先日申し上げました通り、お松というもののことをお忘れ下さらないように――」
「万事、心得ています」
兵馬は七兵衛の言葉もろくろく耳には入らない。
「それでは、私も急ぎの用事がございますから、これでお暇を致します……」
「拙者《わし》もこうなった上は一時も早く……」
「お待ち下さいまし」
七兵衛はなお念を入れて、
「それから兵馬様、もし何かまた御相談事が出来ましたらば、私は明後日《あさって》まで馬喰町《ばくろちょう》の大城屋というのに逗留《とうりゅう》をしておりますから、甲州|谷村《やむら》のおやじとでもおっしゃっておたずね下さいまし」
兵馬は、それも耳へは入らないで、ついにこの場で七兵衛と袂《たもと》
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