てしまったものですから、遽《にわか》に発心《ほっしん》して、ついに仏道に入ったというところをかいたもので、あのお稚児《ちご》さんは、その晩泊った旅人、実は観世音菩薩の御化身《ごけしん》が、強慾《ごうよく》な老婆をいましめの方便ということになっているのです」
 人だかりは崩れて、どやどや[#「どやどや」に傍点]とお神籤場《みくじば》の方へ行ってしまったあとに、兵馬は、十徳の老人の後ろに、まだ額面をながめています。
 十徳の老人が、額面を、それからそれと見て歩いているから、兵馬とは後になり、先になり、重なり合って立ちどまることもあります。
 二人が、また重なり合って立ちどまったのは、以前の柱よりは少し右の方、菊池容斎の描いた武人の大額の下。
「卒爾《そつじ》ながら、これは何をかいたものですか」
と兵馬は突然にたずねてみますと、老人は、ちょっ[#「ちょっ」に傍点]と驚かされて振返ったが愛想よく、
「これは、御廐《おんまや》の喜三太《きさんだ》を描いたものですな」
「ははあ」
「鎮西八郎、鎮西八郎」
 そこへ、また押しかけて来た二三の若い者。
「やあ、鎮西八郎、豪勢だな。あの弓でもって、伊豆の
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