んよ」
従来の説明を一挙に覆《くつがえ》したのは、宗匠頭巾《そうしょうずきん》をかぶって、十徳《じっとく》を着た背の高い老人。やや離れたところに立っておりました。
「え、あの憎らしいのが、安達ヶ原の鬼婆ではありませんのですか」
「ええ、安達ヶ原の鬼婆とは違います、よくあれを見て、間違えてお帰んなさる人がありますよ」
「へえ、そうですか、ありゃ鬼婆じゃねえのだとさ」
「そうですか」
十徳の老人は、気の毒に思って、
「あれはねえ、石の枕の故事をうつしたものなんで。昔、この界隈《かいわい》がまだ草茫々としていた時分に、この近所にあの婆さんが住んでいたものです。こっちにいるのは婆さんの一人娘なんですが、この娘が容貌《きりょう》よしだもんですから、往来の人を連れ込んで泊らせ、石の枕へ寝かしておいて、寝ついた時分に、その旅人の頭を、あの鉈《なた》で砕いて……出刃ではありません、鉈でしょう、そうして持物を奪い取ることを商売にしていたのです。娘がそれをあさましいことに思って、自分が旅人の装《なり》をして身代りに立ち、婆さんの手で殺されてしまったのです。さすがの鬼婆も、間違って自分の最愛の娘をころし
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