》もだし難く、大山大聖が、しばらくそこへ駕《が》を枉《ま》げることになりました。吉原では、大樽の鏡を抜いてこの一行をもてなします。お賽銭が雨の降るようです。
ここで暫く休んで、いざ出立という時に、米友の馬側《うまわき》に二人の童子が立ちました。その一人は金伽羅童子《こんがらどうじ》、一人は制陀伽童子《せいたかどうじ》、二人ともに絵に見る通りの仮装をして、これから大聖不動の馬側に添うて、どこまでもおともを仕《つかまつ》ろうという気色です。
宇治山田の米友が心中の大迷惑は察するに余りあることで、米友としては面白くもなんでもなく、弁信の身代りのために、しばらく犠牲となって馬上に忍び、小石川の伝通院とやらへ、ひとまず送り込まれてしまえば、それで一通りの義務は済むものと思っていたのだから、道草を食わずに早く伝通院へたどりついて、仮面《めん》を取ってしまいたいのだが、まずもって吉原の信心家へ招かれて、退引《のっぴき》のならなくなったのが小面倒の起りです。
彼等はこの踊りの一行が、世直しの大明神の出現だとでも信じているらしい。ことに一行の本尊様に祭り上げられている馬上の偶像に向っては、正真《し
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