て、再び踊り熱が火の手を加えて、
「大山大聖不動明王、さんげさんげ六根清浄《ろっこんしょうじょう》、さんげさんげ六根清浄」
こうして新手《あらて》を加えた踊りの一隊は、小塚原を勢いよく繰出しました。
「鎌倉の右大将米友公の御入《おんい》り」
声高らかに呼ぶ者があると、
「頼朝公の御入り」
とわけわからずに同ずるものもありました。これが小塚原を繰出すと、ゆくゆく箕輪《みのわ》、山谷《さんや》、金杉《かなすぎ》あたりから聞き伝えた物好き連が、面白半分に潮《うしお》の如く集まって来て踊りました。その唄と踊りの千差万別なることは名状すべくもありません。大山大聖とあがめまつるものもあれば、鎌倉の右大将だというところから鎌倉ぶしを謡うものもある、木遣《きやり》を自慢にうなるものもある、一貫三百を叩き出すものもあろうという景気は、到底人間業とは見えませんでした。
この噂《うわさ》が程遠からぬ吉原の廓《さと》へ響くと、吉原の有志は、どう考えたものか、ぜひ道を枉《ま》げて、その一隊に吉原へ繰込んでいただきたいという交渉であります。
ずっと伝通院まで乗込むはずであったのを、吉原遊廓の懇望《こんもう
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