私は友達の誼《よし》みに、せめてあの子の後生追善《ごしょうついぜん》を営みたいと思いまして、今夕《こんせき》こうやって出て参りました、私の背中をごらん下さいまし、この大きな笈の中に、この世の息を引取った清澄の茂太郎が、眠るが如くに往生を致しておりますのでございます、私は、これを持って江戸の菩提寺《ぼだいじ》へ安らかに葬ってやりたいと思いまして、そうしてこうやって出かけたのでございます」
五
小金ケ原の珍《ちん》な現象が、江戸の市中までも評判になると、そこに謡言《ようげん》がある。曰《いわ》く、近いうちに江戸の町という町が火になる、その時は江戸の町民は悉《ことごと》く住むところを失うて、一時、小金ケ原へ仮りの都を作らねばならぬ。その時に最も幸福に救われたいものは、今のうち小金ケ原の新しい神様を信心しておくがよろしいと、それはずいぶんばかばかしい謡言であります。多少、心ある者は、一笑に附して顧みざるべきほどの無稽《むけい》の言葉であるにかかわらず、それを信ずるものが少なくなかったということは、今も昔も変ることがありません。踊りに行くものよりは信心に行く者が多くなって
前へ
次へ
全187ページ中76ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング