になると、一人の子供が、一月寺《いちげつじ》の門内から一人の坊さんを乗せた一頭の馬を曳《ひ》き出すと、
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やれ見ろ、それ見ろ
筑波《つくば》見ろ
筑波の山から鬼が出た
鬼じゃあるまい白犬だ
一匹吠えれば皆吠える
ワンワン、ワンワン
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というこの地方の俗謡の節を、馬を曳き出した子供が面白く口笛で吹き立てると、小金の宿の者共が、我を争うて彼等の廻りを取巻きます。
この寺から馬を曳き出して、口笛を吹いているのは、両国の見世物にいた清澄の茂太郎で、その馬にのせられている坊さんというのは、お喋《しゃべ》り坊主の弁信であります。
彼等はここを立ち出でて、どこへ行こうというのではない、毎晩、夕方になるとこうして馬を引っぱり出して、広い原の方へと出かけます。
茂太郎に言わせれば、馬に水をつかわせ、不自由な弁信には、散歩の機会を与えるためかも知れないが、土地の人は、それを待ち兼ねた見世物でもあるように、駈け出して集まるのが毎晩のことです。集まったもののうちの子供たちは、地面を叩きながら茂太郎の口笛に合わせて、
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やれ見ろ、それ見ろ
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