するものもありました。
「なお御信心がお望みならば、三田の薩州屋敷まで出向いて来るがよい、三田の薩州屋敷」
 しかつめらしく、そんなことを言って二言目には薩州屋敷を引出すのであります。まこと、薩州屋敷のものならば、たとえ何かの恨み、或いは企らみあって、こんなことをやらせたり、やったりしてからが、表向きに薩州の名前を出すようなことはなかりそうなものであるのに、好んで薩州を振廻すところを見れば、薩摩の勢力を看板にする、実は無宿浮浪の徒でもあろうかと思われるにも拘らず、その途中、この冒涜《ぼうとく》極まる浮浪者を取締る機関が届かないのは、よそに見ていても歯痒《はがゆ》いようです。もしや市中取締りの酒井|左衛門尉《さえもんのじょう》の手に属する者にでもでっくわそうものならば、血の雨が降るだろうと、町々の者はヒヤヒヤしているけれど、酒井の手の者も、ついにここまで行き渡らないで、この乱暴者の一隊は金の御幣を守護して、とうとう三田の薩州屋敷へ乗込んでしまいました。

         四

 下総国小金《しもうさのくにこがね》ケ原《はら》では、このごろ妙なことが流行《はや》りました。
 月の出る時分
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