う一足早かりせば、といって地団駄を踏むものもありました。
「追っかけて行ったけれども、あの勢いに怖れをなして逃げて来たのだ」
と悪口を言うものもある。
なるほど彼等は、三本の金の御幣を真中に押立てて、大江戸の真中を大手を振って歩いている。
「下にいろ、下にいろ、東照権現様の出開帳《でかいちょう》だ、お開帳が拝みたければ、芝の三田の薩州屋敷へ来るがよい、我々は薩州屋敷に住居致すもので、今日、上野まで東照宮の出開帳をお迎えに参ったものだ、滅多なことを致すと神様の祟《たた》りが怖いぞよ」
こう言って通行の人々を威嚇《いかく》しながら歩いています。通行の人たちは慄え上って道を避けて通しました。何も知らない老人夫婦は、本当に権現様が薩摩屋敷までお出開帳をなさるのかと思って、路傍に伏し拝む者もありました。
そうすると一行の連中のうちから、わざと物々しげに拝殿から持ち出した細い紙の幣《ぬさ》で、その善男善女の頭を撫でてやり、
「神妙、神妙、一心に帰命頂礼《きみょうちょうらい》すれば、後生往生《ごしょうおうじょう》うたがいあるべからず」
というようなことを言って、よけいに善男善女を有難がらせたり
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