す。矢大臣の髯を掻きむしって行ったのもこの輩《やから》の仕業と覚しい。獅子頭《ししがしら》もかぶってみたが被りきれないと見えて、投げ出して行ったものと覚しい。
 階段の左右にかけた釣燈籠も外して行きました。それと聞いて寒松院の別当が僧侶や侍をつれて駈けつけた時分には、件《くだん》の乱暴者の影も形も見えません。
 話によると、十数名の浪人|体《てい》の者が怖ろしい勢いで闖入して来て、居り合わせたものの支うる遑《いとま》もなく、瞬く間にこの乱暴を仕了《しおお》せて、鬨《とき》の声を揚げて引上げてしまったとのことであります。
 腕に覚えのある者を択んで、そのあとを追わせたけれど、乱暴人の行方《ゆくえ》はいっこう知れないとのことであります。
 ところが実際は、その乱暴人が大手を振って御成街道《おなりかいどう》を引上げるのを見た者があるということであります。東照宮の御前にあった三本の金の御幣を真中に押立て、これ見よがしに大道の真中を練って歩いて、まだ五軒町までは行くまいと沙汰《さた》をしているものもありました。
 けれどもまた、それは嘘だ、あいつらは風を食《くら》って、もう逃げ去ってしまった、も
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