を、しげしげとながめます。
「その薩摩のお屋敷が、どうかなすったのですか」
七兵衛も傍から覗《のぞ》き込みました。
「お前も知ってるだろう、近頃、江戸の市中を騒がす悪い奴は、大抵ここから出ているのだ」
「なるほど」
「ところで、この薩摩屋敷の中の模様を、すっかり調べ上げてみたいのだが、どうだ、お前によい知恵はないか」
「左様でございますなあ……あのお屋敷が物騒だということは、今に始まったことじゃございませんなあ、大分、眼をつけておいでなさる方がございましたはずですよ。お隣が阿波の屋敷でございましょう、その阿波様の屋敷の火の見櫓の上から、薩州のお屋敷の模様を、こっそりと探っておいでになったお方もありましたっけ」
「おや、どうしてお前は、そんなことまで知っている」
「ちょっとした通りがかりの節に、そんな噂をお聞き申しました。上の山藩の金子とおっしゃるお方なぞは、あれから薩摩の屋敷の中をのぞいて見ては、しきりに絵図を引いておいでになったことがあるそうでございますけれど、本当ですか、嘘ですか」
「ナニ、上の山藩の金子? それでは上の山の金子与三郎のことだろう、あの男ならば、やりそうなことだ」
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