一杯やりながら、
「さて、七兵衛、これからまた一つ、お前の手を借りたい仕事が出来たのだ、それはほかではない、芝の三田の、俗に四国町というところをお前は知っているか」
「エエ、存じておりますとも、赤羽根橋を渡れば真直ぐに行ったところ、金杉橋を渡ると右へ曲ったところが、それでございましょう。あの辺には薩摩と、阿波と、有馬と、伊予の四カ国のお大名のお邸があるから、それで俗に四国町と申すことまで、ちゃあんと存じておりますよ」
「それだ、その四国町のうちでもいちばん大きな、薩摩の屋敷をお前は知ってるだろうな」
「それもよく存じておりますよ、あのお屋敷の前を俗に御守殿前《ごしゅでんまえ》と申しましてね、門は黒塗りの立派なものでございます、屋根は銅葺の破風作《はふづく》りで、鬼瓦の代りに撞木《しゅもく》のようなものが置いてございます、正面三カ所に轡《くつわ》の紋がありますから、誰が見たって、これが薩州鹿児島で七十七万石の島津のお屋敷だとわかります」
「なるほど」
そこで山崎譲は懐中から紙入を取り出して、拡げたのは美濃紙大の一枚の絵図面でありました。
「これがその薩摩屋敷だ」
今更のようにその図面
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