見世物小屋などに掲げるには惜しいほどの字だと思いました。
「そうだ、神尾の字に似ているな、甲府詰めになった神尾主膳の筆によく似ているが、いかに落ちぶれたとて、まさか神尾が看板書きにもなるまい。あの男は、今どこに何をしているかなあ」
 山崎はこう思って看板を見ていると、その次に白い布を長く垂れて、全く変った筆で、「清澄の茂太郎事病気の為、向う三日間相休み申候」と認《したた》めてありました。
 山崎がその小屋の前を通り過ぎると、後ろから肩を叩く者があります。
「山崎先生」
「おお、七兵衛か」
 振返って見ると、自分と同じような装《よそお》いをした七兵衛でありました。
「相生町へおいでになりましたか」
「うん、相生町へ乗り込んで見たところだが、お前はどこにいた」
「私は、この女軽業の親方というのを知っております故、ちょっと立寄って参りました。して、相生町の方の御首尾はいかがでございます」
「なかなか面白かった」
「これから、どちらへおいでになります」
「そうさな、お前と会って相談をしてみたいこともあるんだが……」
「それでは、この女軽業の小屋の中へおいでになりませんか、今も申し上げる通り、こ
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