くような走り方です。眼前にかなり広い沼があって、その沼の上を一文字に飛んではいるが、岸に着くと、はたと翼を納めて休《やす》らわんとする気合の飛び方でありました。これはまさしく鎌宝蔵院でいう「飛乱《ひらん》」の型であります。
 一方の見物が、あっ! と飛び退いた時には、宇治山田の米友はクルリと背を向けて、また前の方角へ真一文字に走り出しました。前には中空を飛ぶ鳥のような姿勢であったが、今度は形を下段《げだん》に沈めて、槍を一尺ほどにつめて走るのが、さながら猛獣の進むが如き勢いであります。
 それで一方の見物がまた、はっと飛び散ったけれども米友は、素早く身を返して元のところに突立って槍を中取りに持ち、前へ突き出しかたと思うと、柄を返してはった[#「はった」に傍点]と物を打つような形をしました。左から打ち込み、右から打ち込み、さながら棒と槍とを併せて使うように、九尺の十文字を両様に使いました。
 それが終ると、十文字の長剣だけは遊ばせて、横手の鎌だけをヒラリヒラリと胡蝶《こちょう》のように舞わしています。十文字を逆手《さかて》に持って、上から突き伏せる形をしてみるのかと思えば、躍り上って空飛
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