ぶ鳥を打って落すように変化しました。穂先を三様に使い分け、槍の柄を二様に使い分けるのみならず、石突を返して無二無三に突いて引くかと見れば、飛び違いざまに敵の小手へ引鎌《ひきがま》をかけて滝落しの形がきまります。
 こうして宇治山田の米友は、たった一人で無茶苦茶に十文字の九尺柄をおもちゃにしています。おもちゃにしているわけではないが、見物の者にはそうとしか見えないのであります。しかし、そのおもちゃの扱いぶりの熟練と軽妙とを極めた捌《さば》きは、無心で見ている見物をも酔わせるほどの働きでありました。
 自棄《やけ》にしても気狂《きちが》いにしても、これは面白い観物《みもの》だと思わないわけにはゆきません。たしかに面白いには面白いが、あぶないこともまたあぶない。だからうっかり、いよいよ近寄ることはできません。怒気紛々として掴みかかろうとしている下郎たちも、どうにもこうにも米友に近寄る隙さえ見出すことができません。ひとりで無茶苦茶に使っている槍が傍へ寄れば、きっと物を言うにちがいない。物を言えば必ず田楽刺《でんがくざ》しに刺されてしまいそうである。思いがけない気狂いだと思いました。誰もまだ、ほ
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