ややあって宇治山田の米友は、九尺柄の十文字の槍を、宙天高くハネ上げました。下まで落ちて来る間に手拍子を丁《ちょう》と一つ打って、その手で受け止めると、右の手で水返しのあたりを掴《つか》んで、十文字を外輪《そとわ》にして、自分の身体を心棒に、独楽《こま》のようにブン廻しをはじめました。これは鎌宝蔵院流七十三手のうちには無い手です。かりに積ってみると槍が九尺、米友の手の長さが一尺五寸として、直径二丈一尺の大独楽が廻りはじめたものです。しかもその独楽の外輪は鎌になっているのだから、当れば肉も骨も切れてしまいます。
見ている者が肝《きも》を冷して遠退いたのは無理もありません。縁日で歯磨を売る香具師《やし》が、その前芸をやるために、あまり見物を近くへ寄せまいとして地面へ筋を引いて廻るのを、ここでは鞘を払った真槍《しんそう》で、無雑作にブン廻しをはじめたのだから、その乱暴さ加減は格別です。
こうして見物を程よく追払っておいた米友は、一方の角から一方の角へ向けて、真一文字に走り出しました。
これには見物は驚かされたが、その走り方が尋常ではありません。さながら鳥が両翼をひろげて、低く飛んで行
前へ
次へ
全187ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング