ると知って、わざわざこの難路を訪れるのか。もし、そうであったなら、今宵に始まったことではあるまい。与瀬か上野原あたりに宿を取っていて、夜な夜な参籠堂に物を運ぶというのは、この女の仕事かも知れません。
大見晴らしに立って認め得た一点の火を、それと知ればこそ、竜之助は迎えのために薄尾花の海へ身を隠したのでしょう。蛇滝へ参籠して既に百日にもなるとすれば、その間に、篠井山《しののいざん》の下の月夜段《つきよだん》の里まで消息を通ずることは、あえて難事ではありません。ともかくも峠一つ越えての甲州国内のことですから、女の身でも真心さえあれば、訪ねて来られない道ではないのです。ましてお徳は旅に慣れた女であります。奈良田の湯まで看病に行った時の熱が冷めないでいるならば、遥々《はるばる》かけた呼出しに応じないというはずはありません。お徳の目的はわかりました。たしかに蛇滝の参籠堂をめがけて小仏の裏道を急いだのであります。背に負うている男の子は先夫――というても今も夫があるのではないが、亡くなった夫の子の蔵太郎であることも疑いはありません。
しかしながら、竜之助の気は知れない。遠く白根の山ふところから、
前へ
次へ
全187ページ中178ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング