以前、東海道を上って行った時の旅のすがたで、女を守る駕籠に引添うて河原の宿、小名路の花屋まで来たが、現実はそれと反対に女に誘われて、駕籠に揺られて小名路まで来ました。
 そこはこの女の土地で、その好意によって蛇滝の参籠堂に隠れて、ついに今日に到りました。蛇滝の水に霊があるならば、この男の眼を癒《なお》さないという限りもあるまいが、事実、こうして夜歩きをすることは、この高原に来た時とのみ限ったことではありません。全く見えない時ですら、江戸の市中を自在に潜行して人を斬りました。
 その時、小仏峠の一点に火が起りました。
 大見晴らしから小仏峠へ出る細径《こみち》があります。火はその一点、小仏山の頂上に近いところで起りました。野火というほどのものではありません、まさしく焚火でありましょう。そうでなければ松明《たいまつ》であります。焚火としても松明としても、それが時ならぬ火であることが、怪しいといえば怪しい火です。
 尾花の中から、その怪しい火に頭を向けて眼を注いでいるらしい竜之助は、たしかに眼が見えるものです。その手には僧侶の持つ如意《にょい》のような尺余の鉄棒を、後ろにして携えていることも
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