人が噂《うわさ》をはじめたのは、もはや百日ほど以前のことです。その後、夜な夜な女の姿をした人がこの参籠堂へ物を運んで、忍びやかに来ては、忍びやかに帰るということも人の噂《うわさ》に上りました。
 人の噂とは言いながら、この山麓であるから、それが拡がったところで大した範囲ではありません。噂は噂だけにとどまって、誰しもその真相をたしかめようとの暇を作るものはありません。その時分こそ廃《すた》ったけれども、その以前は、この滝にかかってかなりの荒行《あらぎょう》をしたものさえあるとのことだから、隠れて行をする信心の行者を妨げるのを恐れ多いとして、やはり噂を噂だけにして、里人はあえて近寄ろうともしません。
 百日の間に、参籠堂に籠《こも》って、夜な夜な霊ある滝に打たれてみた時には、信心のなきものもまた、冷気の骨に徹《とお》るものがありましょう。心頭が冷却して、心眼が微かに開くと共に、肉眼に光を呼び起してくることはありそうなことです。
 巣鴨、庚申塚《こうしんづか》のあたりの一夜の出来事が縁となって、机竜之助は夢のように導かれて甲州街道を辿《たど》りました。夢で見た時に、自分の眼が明らかにあいて、
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