光をも漏らさぬ密林です。
 老人は後ろを見送ったままで小首を捻《ひね》りました。今は、たしかに丑三時《うしみつどき》、麓の若い人から頼まれた発句の点をして、今まで夜更かしをしていたが、ようやくそれを終ったから瓶子を洗って、また一陶の酒を汲もうとしている時に、この人影でしたから、老人が沈吟をはじめたのも無理はありません。時は既望《きぼう》の夜で、珍らしいほどに霽《は》れた空の興に浮かれて月を観る人が無かろうはずはないが、月といっても今宵に限ったことはない。未だ曾《かつ》てこの夜更けに、一人でこの頂上までさまよい来る風流人はありませんでした。
 しかしながら、年をとっては無精《ぶしょう》ですから、わざわざそれを追蒐《おいか》けてみようとの好奇心も動かず、やがてハタと戸を締めきってしまいました。このあたりでは鳴かない怪禽《かいきん》が、やや下ったところの飯綱権現の境内の杉の大木の梢では、しきりに鳴きます。奥の院から山脊《さんせき》を走るところの樺木科の多い大見晴らしへの道は、筑波の男体から女体に通う道とよく似ております。月の光も漏らさないほどの密樹を分けて、やはり大見晴らしへ通う人があります
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