守となりました。齢《よわい》はもう七十を越しているから、武芸の話は問う人でもなければ滅多にすることはないが、発句《ほっく》を好んで自らも作り、人を集めては教えておりました。麓にいる時分にはこの老人を中心として、よく運座が催されたものですけれども、頂上へうつってはそのことがありません。発句の代りに一陶《いっとう》の酒を楽しんで、ありし昔の夢に耽《ふけ》りながら、多年の間、山上でひとり夜を明かすことを苦なりとはしていません。
 ある晩――ちょうど、十六日の月が東から登って、満山ことごとくその月光を浴びた夜半のことであります。この奥の院近くに人の足音を聞きましたから、老人は坐ったまま居間の扉を押開いて、傍《かたわ》らにあった瓶子《へいし》を取って逆《さか》しまにし、その水を外へこぼすと、その傍らを風のように通り抜けた人があります。
 瓶子を片手に、長い白髯《はくぜん》を撫でながら堂守の老人は、その後ろをじっとながめました。奥の院から大見晴らしへ通る木の根の高い細道へ、その人は早くも隠れ去って影だに残してはいません。そこにはおもに樺木科《かばのきか》の植物が多いから、あるところは、ほとんど月の
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