井左衛門尉の御寵愛を蒙《こうむ》った尤物《ゆうぶつ》が、いま宿下りをして遊んでいることだ。それは佐内町《さないちょう》の伊豆甚という質屋の娘で、酒井家に屋敷奉公をしているうち殿に思われて、お手がついてお部屋様に出世をして当時は、ある事情のもとに宿下りの身分であるという一件だ。その名はお柳《りゅう》という。これだけのことを聞かせてやるから、あとは貴様の思うようにしてみろ」
 南条は平気な面《かお》で、これだけのことを言いました。いったい、この南条という男は、ある時は慨世の国士のようにも見え、ある時は、てんで桁《けた》に合わないことを言い出して、掠奪や誘拐を朝飯前の仕事のように言ってのけもする。
 ここにはまた勧めるのにことを欠いて、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵というやくざ[#「やくざ」に傍点]者に向って、こんなことをも勧めたのは、油紙へ火をつけてやるようなものです。ただでさえも、そういうことをやりたくって、やりたくって、むずむずしている男に向って、こう言って筋を引いては堪ったものではありません。つまり、いま江戸市中の取締りに当っている出羽の庄内の藩主、酒井左衛門尉の愛妾を盗み出
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