《いしょうえのき》から、狐の踊りが流行《はや》り出したということに刺戟されて、上州の茂林寺《もりんじ》から狸の踊りを繰出して、その向うを張ろうというのはばかばかしい凝《こ》り方です。
 人間はそれぞれ負けない根性に支配されて、負けない根性のために、滑稽なる競争と、無用の濫費がつづけられてゆくのが人間の歴史の大部分です。
 茂林寺の狸踊りは、土地の若い者から始まったということだが、おそらくそうではあるまい。江戸のものずきが行って、あらかじめお膳立てをしておいて、それを上州名物の名で、江戸へ繰込ませようという寸法であるとは受取れる。これは茂林寺名物の分福茶釜《ぶんぶくちゃがま》をかたどったもので、それに毛が生えて、絵本通りの狸に化けたところを、大きな張物にこしらえて、それを真中に舁《かつ》ぎ上げて、日ならず江戸の市中へ乗込もうというのは、まだ噂《うわさ》だけであって事実に現われたわけではないが、その噂は早くもこちらに響いて喧《かまびす》しいものです。
 王子から狐、上州から狸の挟撃《はさみうち》にあって、それを江戸ッ児が黙って見ているつもりかどうか、と余計なところに気を揉《も》む者もありま
前へ 次へ
全187ページ中147ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング