き残しておいた土蔵の戸前の火が本物になって、炎々と燃え上り、その炎の色が、この池の水を真赤に染めているのです。
それと気がついて主膳が土蔵の方を見やると、植込の間から猛烈なその火勢がうずまきのぼる。火は土蔵の中へ侵入すると共に、その附近の木小屋へ燃えうつったものらしい。いよいよ本物の火事です。
その火炎の勢いを見て神尾がはじめて、やや溜飲《りゅういん》を下げました。
暫くして手製の大炬火《おおたいまつ》を持った神尾主膳は、土蔵に燃えている火を持って来て、本宅の戸と、障子と、襖《ふすま》と、唐紙《からかみ》へうつしはじめました。
そこで土蔵と本宅とが相呼応して燃え上ります。いかに燃え出しても、この家にはそれを消そうとするものがありません。附近の人々も大方は狐の踊りに出かけているところであります。ようやく人が騒ぎ出して火消が駈けつけた時分には、土蔵も、本宅も、大半は焼けて手のつけようがありません。暁方《あけがた》近くなって、お絹をはじめ踊りに出た連中が帰って見た時分には、土蔵も、本宅も、物置の類《たぐい》も、すっかり焼け落ちていました。
九
王子稲荷の衣裳榎
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