代りみたように、あがめ奉られては、平さんに限らず箍《たが》のゆるむのは仕方のないことです。
ちょうど、この時に、五六騎|轡《くつわ》を並べて通りかかった侍の遠乗りがあったために大事が持ち上りました。いずれもしかるべき身分でもあり、年配でもあって、軽からぬ役目をつとめているものらしい人品です。わざと多くのともをつれないで、微行《しのび》の体《てい》の遠乗りであったが、そのうちの一人が、逞《たくま》しい下郎に槍を立てさせていました。
その槍は九尺柄の十文字であります。それがちょうど、この店の下へ通りかかった時に、運悪く二階の上からクルクルと舞い下って、この十文字の槍の鞘《さや》にひっかかったのが、鎖紐《くさりひも》の煙草入であります。根付《ねつけ》とかます[#「かます」に傍点]とが、十文字の鞘で支えられたのだから、ちょうどいいあんばいにひっかかったのではあったけれども、それが大事の槍であったから、槍持の奴《やっこ》は嚇《かっ》としました。槍持の奴と面《かお》を見合せた馬上の侍は、むっ[#「むっ」に傍点]として言わん方なき不快の色を示して通り過ぎたけれど、この槍持奴だけは、根の生えたよう
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