思われません。また帰りに泥棒や追剥《おいはぎ》につけられるという心配でもなく、それは、平さんという男の人柄を見てもわかることで、持ちつけない大金を持ったため、途中、出来心でどんなところへひっかかってしまうかわからない。それをあぶながっているものらしくあります。
 果せる哉《かな》、この平さんは百両の富が当った嬉しまぎれに、友達を無暗に引っぱって角の店へ上って、景気よく一杯やり出しました。
 これは平さんがあまりよろしくないのです。こういう時は、何を置いてもいったん自宅へ帰って、女房の前へその百両を見せて喜ばせた上に、近所の者を呼んで一杯やるということにしなければ本当ではないのだが、嬉しい時は、なかなかそうは思慮が廻らないもので、ついここで百両の封を切って散財することになりました。
 そうすると、みんなしてこの平さんをチヤホヤした上に、店の女中を初め、見知らぬお客までが、その当り運にあやかりたいというわけで、一杯いただきたがるものだから、平さんは断わりきれないで、つい、うかうかと呑んでいるうちに、腹のしまりがつかなくなりました。どのみち、あてにしない金であるところへ、こうして福の神の生れ
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