いと思いながら米友は、その人混みの中へずんずんと入って行くと、その日にこの庭で「富《とみ》」があったものです。
米友には、まだ「富」の観念がよく定まっておらないながらに、札場《ふだば》の中へ入って、人の蔭になって様子をながめていたものです。
世話人が箱の中から、錐《きり》で本札《もとふだ》を突き出して番号を読むと、みんなが持合せの影札を見比べて、当ったものは嬉しそうに、当らないものは、しおらしい面《かお》をしています。当った番号は紙に書いて、向うの柱へ貼り並べられました。それが大変な人気ですから、札には利害関係のない米友も、つい面白くなって頻りに富札の景気を見ていました。
面白がって見ているうちに、一の富七十三番の札が落ちました。跳《おど》り上って喜んだのは品川宿の建具屋の平吉という若い男で、この百両が平吉の手に落ちることにきまると、当人も嬉ぶし、誰も彼も羨ましそうに見えました。平さんは札とひきかえにその百両を受取って、いそいそとその場を出かけると、平吉を知っている人が、あぶないものだ、平さんにあれを持たしては帰りがあぶないと言って眉をひそめたのは、その幸運をそねんで言うものとは
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