にそこへ突立って動きません。
仁王立ちに突立った槍持奴は、槍の鞘にひっかかった煙草入を取ろうともしないで、そのまま大地に突き立てて、頭から湯気を立ててこの家の二階を睨《にら》み上げています。
さしも騒がしかったこの店が、その時に水を打ったように静かになりました。店の者が一人も残らず面の色を青くしました。往来の人も歩みをとどめてしまいました。
そこへ店の中から転り出したのが例の平さんでありました。実は平さん自身が飛び出さない方がよかったのだけれども、この男は正直者でもあり、慌《あわ》て者でもあったから、店の者から何か言われると、慌ててここへ飛び出して来たものです。
そうして槍持奴の前へ土下座をきって申しわけをすると、槍持奴は雷《かみなり》の割れるような声で、
「このかんぶくろ[#「かんぶくろ」に傍点]はてめえのか」
平吉は縮み上って、
「はいはい、手前のでございます」
「てめえのなら持って行け」
「はいはい」
「早く持って行け、何でえ、何で手なんぞを出しやがるんだい、この槍へ上って自分の手で取って行きやがれ」
持って行けと言いながら、槍はそこへ突き立てたままです。
この時に
前へ
次へ
全187ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング