うとする者がないから、神尾主膳は思うままにその酒乱と逆上とを発揮することができました。さりとて、先方が全然無抵抗であるとはいえ、もと、人間の暴力には限りがあるものであります。放っておけばおのずから疲れて、暴力そのものが無抵抗の中へ沈没してしまうにきまっております。神尾はついに綿の如く疲労してしまいました。それでも、水が飲みたくなると共に、井戸までのたって行くの本能だけは残っておりました。
 例の井戸のところまでのたりついて行って、無暗に水を汲み上げて、釣瓶《つるべ》に口をつけてガブガブと飲んでいたが、いい加減飲むと共に、その残った水を頭からザブリと被《かぶ》り、
「ああ、いい心持だ」
 つづいて釣瓶を繰り卸して汲み上げると共に、水をまた頭からザブリと被って、
「なんといういい心持なことだ」
 釣瓶を卸して二杯三杯汲み上げては、それを頭から被り、頭から被っては、また汲み上げるのが、やはり正気の沙汰ではありません。五杯も十杯も十五杯も汲んでは被り、被っては汲み、その度毎に、車井戸の車がけたたましい音を立てて火の発するほどに軋《きし》ります。程遠からぬ庭の土蔵の二階には、この車井戸の音が大嫌
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