また化物屋敷で、神尾主膳はあの時の井戸釣瓶《いどつるべ》の怪我からまだ枕が上らないで、横になりながら焦《じ》れきっています。眉間《みけん》につけられた牡丹餅大《ぼたもちだい》の傷は癒着《ゆちゃく》したけれども、その見苦しい痕跡《こんせき》ばかりは、拭っても、削っても取れません。
そうして時々思い出しては歯噛みをして、
「あいつ、お喋り坊主はどこへ失《う》せおったかなあ」
取捉《とっつか》まえて八つ裂きにしてやりたいほどの口惜《くや》しがり方です。弁信の方にこそ怨みはあれ、神尾のこのていたらくは言わば自業自得に過ぎないのに、その逆さ怨みが、因縁《いんねん》ずくと思われるほどに骨身に食い入っていて、明暮《あけくれ》、弁信を憎み憤っていたが、さてその後、弁信は再び彼《か》の土蔵へは帰って来ませんでした。弁信が帰らないのみならず、それと一緒に出た竜之助も、あれからまた再び戻っては来ません。お銀様は、土蔵の中に引籠《ひきこも》って、針で血を刺してはお経を写すことを、以前のように繰返しているらしい。
或る夜、神尾主膳は囈言《うわごと》のように、枕許にいた福村を呼んでこう言いました、
「福村、
前へ
次へ
全187ページ中123ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング