、推量してみると、かなりの広間に、かなりの人が集まって、琵琶を弾いている人は、その広間の真中にいることはわかります。だから自然、聞く人は皆その周囲に端坐したり、柱にもたれたり、障子や唐紙《からかみ》をうしろにしたりしているということがわかります。
 弁信が招ぜられたのは、例の道庵先生が控えているその次で、この際先生は謹聴しているのだか、それとも居眠りをしているのだか、ともかく、もっともらしく下を向いて控えていました。
 静かに道庵の次へ坐った弁信は、やはり前と同じように歌のない琵琶だけが、老練な人の手によって弾きこなされているのを耳にします。それを聞いていると、弾いている人の年頃もほぼ想像されます。決して若い人ではない、年齢においてもかなりの老練家であり、それで琵琶を弾く人であって、歌わない人だということもわかります。歌えないのではなく、歌う必要のない琵琶を弾くことを心得ているもののようです。弁信はそれをいっそう面白く思って、いよいよ席を構えて、ほんとうに身を入れて、しんみりと聞こうとした時に、室の中程から立ちのぼる異様な臭気に打たれました。
 勘の鋭いように、嗅覚《きゅうかく》もまた
前へ 次へ
全187ページ中115ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング