う言った時に、人々ははじめて、この坊主は盲目《めくら》であったのかと思って、その面《おもて》を篤《とく》とのぞき込みました。のぞかれてもそれと知る由もない弁信法師は、聴衆が静まっていると見て、なおそのお喋りをつづけました。
「そもそもこの琵琶というものを始めましたのが、天竺《てんじく》の妙音天でございます。妙音天が琵琶をお始めになったのでございますが、この妙音天というお方も盲目であったそうでございます。それでございますから、この妙音天様が地神盲僧の守り本尊になっているのでございまして、私共も琵琶を弾《ひ》きまする時は、その妙音天様を本尊と致します。また一説と致しましては、お釈迦様のお弟子のなかに巌窟尊者《がんくつそんじゃ》という方がございました、この方が、やはり盲目でいらっしゃいました、ところで、お釈迦様がかわいそうに思召されて、お前は目が見えないでかわいそうである、その代り心眼を開くがよろしい、心眼を開いて悟りに入れば、なまじい眼の見えるために、五欲の煩悩《ぼんのう》に迷わされる人たちよりは遥かに幸福であるとお教えになりました、そこで巌窟尊者が一心に修行を致されまして、ついに心の眼を
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