とく》せしめたと見えて、米友は甘んじて、彼等の偶像となろうとするものらしい。しかし、米友は正《しょう》のままではそこへ現われて来ませんでした。どこにあったか天狗の面をかぶって、頭へは急ごしらえの紙製の兜巾《ときん》を置き、その背中には、前に弁信が背負っていた笈を、やはり頭高《かしらだか》に背負いなして、手には短い丸い杖を持って現われたから、それを金剛杖だと思いました。そうして誰ひとり、米友だと気のつく者はありません。
「大山大聖不動明王《おおやまだいしょうふどうみょうおう》!」
 群集の中から喚《わっ》と鬨《とき》の声を揚げるものがありました。
「南無三十六童子、いけいら童子、うばきや童子、はらはら童子、らだら童子」
と相和《あいわ》するものもありました。
 要するにこの場は、変ったものでありさえすればよいのです。なんとか納まりそうな人形を提供して、馬に乗せさえすればよかったから、天狗の面が図に当りました。
「大山|阿夫利山《あふりさん》大権現、大天狗小天狗、町内の若い者」
 そこで米友が馬に乗ると、彼等は以前に、しおれきった小坊主をむりやりに人形に奉って来た時よりは、一層の人気を加えて、再び踊り熱が火の手を加えて、
「大山大聖不動明王、さんげさんげ六根清浄《ろっこんしょうじょう》、さんげさんげ六根清浄」
 こうして新手《あらて》を加えた踊りの一隊は、小塚原を勢いよく繰出しました。
「鎌倉の右大将米友公の御入《おんい》り」
 声高らかに呼ぶ者があると、
「頼朝公の御入り」
とわけわからずに同ずるものもありました。これが小塚原を繰出すと、ゆくゆく箕輪《みのわ》、山谷《さんや》、金杉《かなすぎ》あたりから聞き伝えた物好き連が、面白半分に潮《うしお》の如く集まって来て踊りました。その唄と踊りの千差万別なることは名状すべくもありません。大山大聖とあがめまつるものもあれば、鎌倉の右大将だというところから鎌倉ぶしを謡うものもある、木遣《きやり》を自慢にうなるものもある、一貫三百を叩き出すものもあろうという景気は、到底人間業とは見えませんでした。
 この噂《うわさ》が程遠からぬ吉原の廓《さと》へ響くと、吉原の有志は、どう考えたものか、ぜひ道を枉《ま》げて、その一隊に吉原へ繰込んでいただきたいという交渉であります。
 ずっと伝通院まで乗込むはずであったのを、吉原遊廓の懇望《こんもう》もだし難く、大山大聖が、しばらくそこへ駕《が》を枉《ま》げることになりました。吉原では、大樽の鏡を抜いてこの一行をもてなします。お賽銭が雨の降るようです。
 ここで暫く休んで、いざ出立という時に、米友の馬側《うまわき》に二人の童子が立ちました。その一人は金伽羅童子《こんがらどうじ》、一人は制陀伽童子《せいたかどうじ》、二人ともに絵に見る通りの仮装をして、これから大聖不動の馬側に添うて、どこまでもおともを仕《つかまつ》ろうという気色です。
 宇治山田の米友が心中の大迷惑は察するに余りあることで、米友としては面白くもなんでもなく、弁信の身代りのために、しばらく犠牲となって馬上に忍び、小石川の伝通院とやらへ、ひとまず送り込まれてしまえば、それで一通りの義務は済むものと思っていたのだから、道草を食わずに早く伝通院へたどりついて、仮面《めん》を取ってしまいたいのだが、まずもって吉原の信心家へ招かれて、退引《のっぴき》のならなくなったのが小面倒の起りです。
 彼等はこの踊りの一行が、世直しの大明神の出現だとでも信じているらしい。ことに一行の本尊様に祭り上げられている馬上の偶像に向っては、正真《しょうしん》の大天狗が天降《あまくだ》ったものとでも思っているのか知らん。そのもてなし方は有難いのが半分、面白がりが半分で、やたらに崇《あが》め奉って、これから到るところ、そのお立寄りを願うことになりそうです。お立寄りを請《こ》われるたびに踊り子の連中には、相当の振舞があるにはあるが、いよいよ大迷惑なのは米友です。
 両側の家から、紙に捻《ひね》ったお賽銭を投げるのが、誰を目的《めあて》であろうはずはない、みんな米友の身体をめがけて投げられるのだから、
「痛エやい」
 米友はムキになって痛がっているところへ、馬の側に立った二人の童子は、ヒューヒューヒャラヒャラと節面白く横笛を吹きはじめました。その笛の調べが実にうまい。踊りの連中は、その笛の音でまたいい心持に踊り出しました。
 その時、一方、吉原の廓内では、思いもかけぬ天上から、ひらひらと落花の舞うが如く、幾多の紙片が落ちて来るから、或る者は欄干《てすり》から手を伸ばし、或る者は屋根へ上り、或る者はまた物干へ駆け上って、その紙片を手に取って見ると、それはいずれも、あらたかな神仏のお札であります。にわかにおしいただいて神棚へ上げるやら、お神
前へ 次へ
全47ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング