ような者が、塵芥《じんかい》を集めて焼き捨てていました。多分、貧窮組の捨てて行った米の空俵や、蓙《ござ》や蓆《むしろ》の類《たぐい》であろうと思われる。それをじっと立って見ていた米友が、また一思案を思い浮べました。
「そうだ、焼いてしまえば、元も子もなくなる」
 そこで、ブルブルと身を振わして、自分ながらこの名案を喜んだものらしい。けれども、ここで焼こうとするのではない、どこかしかるべきところを選んで、心静かに焼いてしまいたい。そう感づいたから、急ぎ足で歩き出しました。
 少しは遠くなっても、なるべくは、ずっと江戸の町を離れた人のいないところで、心静かに不動様を焼いてしまいたい。米友は、そう思って、跛者《びっこ》ではあるけれども達者な足を引きずって、昌平橋をずんずんとのぼって行きました。
 足に任せて歩いた米友は、幾時かの後に広々とした野原に出ました。そこは代々木の原であります。米友は、代々木の原とは知らないで、ここいらならばよかろうと思いました。そうして不動尊の画像は、木の枝にかけておき、それから四辺《あたり》の山林へ分け入って、杉の落葉だの、雑木《ぞうき》の枯枝だのというものを盛んに掻《か》き集めて来ては山を築きました。さて、時分はよしと思ったのに、気のつかないことったら仕方がないもので、米友は火道具というものを持っておりませんでした。この人は煙草を喫わない人だから、常に火打道具を携帯しているというわけにはゆきません。途中で、そんなことに考えつきそうなものだが、この場に立至るまでそれと気がつかなかったのは、おぞましいともなんとも言いようがありません。泥棒をつかまえて縄を綯《な》うような、ブマなことをしでかした自分を、米友は歯痒《はがゆ》く思って地団駄《じだんだ》を踏みました。
 四辺《あたり》を見廻したところで、その時分の代々木あたりは、深山幽谷も同じものであります。旅人をつかまえて火種を借りるというわけにもゆかないし、どうしても最寄《もよ》りの百姓家へでも行って、火打道具を無心しなければならない羽目です。
 詮方《せんかた》なく米友は、代々木の原を立ち出でました。林のはずれを見ると、天気がいいものだから丹沢や秩父あたりの山々が見えるし、富士の山は、くっきり姿をあらわしていました。米友も久しく見なかった広い原と、高い山の景色に触れると、胸膈《きょうかく》がすっと
前へ 次へ
全94ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング